事務所名にデザインを掲げている以上、デザインを重要視しているのは言うまでもないですが、デザインとはなんでしょう。
よく言われる、デザインとアートの違いとは・・・。
日本では、デザインは形の問題と捉えられていることが非常に多く感じます。
単純に形というか見た目。
デザインがイイ=見た目がイイ。
自分の事務所を立ち上げる以前から、その傾向に異議を申し立てたいという気持ちを強く持っていました。
英語の”design”は、設計と訳されます。
つまり、”architectural design”は建築設計で、〜designはすべて何かを設計する行為だと考えていました。
だから、デザインと言う行為はとても広義で裾野が広い分野だと思っています。
建築のデザインは、形にとどまらず性能や機能、コスト、耐久性、素材感、すべてのバランスにおいて選択されるべきだと考えます。
問題になるのは、それをいつ決めているか。
モノを作る段階というのは、すでに思考を停止してアウトプットする段階なので、そこでの設計判断は大抵間違う。
模型を作ると分かるが、設計が決まっていないと、模型でやっても駄作ができる。
そして、また設計を考え直し、模型を作る。
もちろん作りながら考えるという方法もあるだろうが、実際の建築でそんなことをやればコストのコントロールが出来なくなる。
現場は同じものでも、決まったものを手間をかけずに最短で作る方が、安いに決まっている。
極力設計変更しないことで、コストコントロールするのも一つの手法。
他の建築関係者や仲間と話をすると、必ずコストの安さに驚かれるが、それが工務店の努力だけで実現するなら単なるイレギュラーである。
このデザインでこの価格、というのは関係者しかわからない。建築には値札がついて無いのでね。
作り方を工夫することで、コストが変わるし人が変われば考え方も違う、それを手探りで探し出す。
デザインを高めるためには、そんな泥臭い作業の連続だ。
お金を無限に持っている人は、この世にいない。ビル・ゲイツでさえ有限だ。
限られたコストの中で、最高のデザインを目指すという至上命題は、1億だろうが1千万だろうが変わらない。
豪邸と呼ばれる住宅に傑作が少ないのは、そういう緊張感がなくなるからだと思う。
お金をかけても得られないものもある。
逆に施工会社にとっては、儲かる仕事にはなりづらいだろうなぁ。
そして、冒頭の問題。
デザインは様々な問題を技術や工夫で解決するのが、使命だと思います。
whyに対してbecauseで答えられなければならないのがデザイン。
対して、アートは自己表現なので、そこに存在理由は問われません。
それ故に、万人に理解される必要もないが、もっと感情的な情緒的な部分で多大な影響力を持っています。
では、アートの下位互換がデザインかというとそうでもないと僕は思います。
突き詰められたデザインはアートに匹敵するし、それは人の暮らしを豊かにするという意味で
むしろ、アートより存在感が増す場合もあります。
アートそのものに機能が付随することはあまりないが、デザインには機能は欠かせない存在です。
兄弟のようで、他人でもあるのがアートとデザインの関係。
よく建築と住宅は違うという人がいますが、僕は、それについてはシームレスだと思っていて
規模に関わらず、スピリットは建築につながると思います。
現役芸大生の若者と話す機会があって、建築の話をしてみたら、意外に建築に夢があって驚きつつもホッとしました。
僕は未だに泥臭い建築造りしか出来ないけれど、彼らならスマートにやるんだろうな、などといらぬ想像をしました。
素材と向き合い精神と向き合い、人間と向き合うということは、精神力がいるものです。
まぁ現実はそんなに甘くないけどー♪