東京を離れると東京という都市の不思議さがよくわかります。
これだけ劣悪な環境なんだけど、人の多さではねのけると言うか・・・。
人が多いという事はそれだけで異常なエネルギーを持っています。
そう言う意味では、中国はもっと凄いと思うのですが。
という訳で、見てきました、mikimoto。
最近のファサード建築の最新作ですが、異常なほどのフラットさを実現させるために注がれた職人の格闘の痕跡がこの建築の価値である。
鉄は塗装の表現であると言ったのは藤森照信氏であるが、塗装はその塗られた下地を最も素直に表現しているとも言える。だから、何に塗るかという事が塗装の表現では重要だし、だからこそ鉄板による無目地の面にこだわる意味があるのではないだろうか。
表層というと目に見えているたかだか数ミリの世界で完結しているように思えるが、人間の目はそんなに安っぽいものではない。
その奥にあるエネルギーを無意識に感じ取っているはずだ。
それは、例えば職人に大事に使用された道具が異常なほど美しく見えるあの感じに似ている。
現代建築は新しいだけでは建築とは言えない。その建築が立ち上がった時からエネルギーを注がれた分だけ
建築としての価値も高まっていくと思う。
建築は建築として使わない限り建築にはなりえない。